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すんません
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気がつけば、秋もずいぶん深まってきました。
朝晩の空気は冷たくなり、山の木々も少しずつ色を変えています。海から吹いてくる風にも、夏とは違う冷たさが混じっています。
そろそろ冬が近づいているのでしょう。
この季節になると、暖かい部屋でのんびり過ごすのも魅力的です。温かい飲み物を用意して、本を読んだり、音楽を聴いたりする。
それはそれで、とても幸せな時間です。
でも、少しだけ外へ出てみると、また違う幸せがあります。
葉山の細い道を歩き、山の木々を眺め、海岸まで足を延ばす。
澄んだ空気の中で深呼吸すると、身体の奥まで新しい空気が入ってくるような気がします。
別に遠くまで歩く必要はありません。
少し身体を動かすだけでも、気分は変わります。
BEACH葉山が大切にしてきたのも、そんな自然との付き合い方です。
特別な道具がなくても、立派な運動経験がなくても、自然の中で身体を動かす楽しさは誰にでもあります。
海があり、山があり、季節が変わっていく。
それを身体で感じられる場所が、すぐ近くにある。
考えてみれば、ずいぶん恵まれた環境です。
秋が深まると、少し寂しい気持ちになることもあります。でも、その分だけ自然の美しさが心に沁みる季節でもあります。
冬になる前に、もう少しだけ秋を楽しみたいと思います。
さて、明日は海にしようか。それとも山にしようか。
悩むほど選択肢があるというのは、なかなか幸せなことです。
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海が好きな人は、できれば毎日でも海に出たいと思うものです。
SUPでも、カヤックでも、泳ぐのでもいい。
水の上に出ると、陸の上とは違う時間が流れます。
ところが秋になると、風が強い日もあります。朝は穏やかに見えていても、いつの間にか海の様子が変わってしまうことがあります。
こんな日は、無理をしないことです。
海を楽しむには、海に出ないという判断も大切なのだと思います。
そういう日は、浜辺を歩くのもいい。山に登るのもいい。海の見える場所で、温かいコーヒーを飲むのもいいでしょう。
何もしないで海を眺めているだけでも、十分に贅沢な時間です。
若い頃は、せっかくの休日なのだから何かをしなければもったいないと思っていた気がします。
でも、自然の中で過ごす時間に、必ずしも成果は必要ありません。
何キロ歩いたとか、どこまで漕いだとか、何時間運動したとか。
もちろん、それも楽しいことです。
しかし、ただ景色を眺めて、風の音を聞き、気持ちよく一日を終える。それも立派な自然の楽しみ方です。
海に出られない日が、海を楽しめない日とは限りません。
むしろ、何もしない贅沢を教えてくれるのは、そんな日なのかもしれません。
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秋の浜辺を歩くのが好きです。
夏のように賑やかではありませんが、砂浜にはいろいろなものが落ちています。
小さな貝殻。丸くなった石。波に磨かれたガラスの欠片。どこから流れてきたのか分からない流木。
どれも、海を長く旅してきたものなのでしょう。
考えてみれば、海岸というのは不思議な場所です。
誰かが落としたものや、どこかの川から流れてきたものが、波に運ばれて砂浜にたどり着く。
海には、ずいぶん大きな運送会社があるようです。
ただし、配達先も配達日も指定できません。
そして残念ながら、運ばれてくるのは自然のものばかりではありません。
プラスチックの破片や、使い捨てられた容器などを見かけることもあります。
美しい海を眺めながら、足元にある小さなごみを一つ拾う。
それだけで海全体がきれいになるわけではありません。でも、何もしないよりは、きっといい。
海は、私たちを楽しませてくれる場所であると同時に、大切にしなければならない場所でもあります。
秋の浜辺には、いろいろな拾いものがあります。
きれいな貝殻も、少し考えさせられるごみも。
そして、ときには、忘れていた大切なことまで拾えるのかもしれません。
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秋が深まってくると、葉山から富士山が見える日が楽しみになります。
森戸海岸から海の向こうを眺めると、天気のいい日には、その美しい姿を見ることができます。
ところが、この富士山、毎日見えるわけではありません。
朝はきれいに見えていたのに、午後には雲の中に隠れてしまうこともあります。逆に、今日は無理だろうと思っていたら、夕方になって突然姿を現すこともあります。
富士山というのは、なかなかの気分屋です。
もちろん、本人は一歩も動いていません。
勝手に見えたり見えなかったりしているのは、こちらの空の事情です。
それでも、富士山がくっきり見える日は、少し嬉しくなります。
別に何かを成し遂げたわけでもないのに、何となく得をしたような気分になるのです。
空気の澄んだ日に、青い海の向こうに浮かぶ富士山。夕日が当たり、淡い赤色に染まる姿も美しいものです。
富士山を見るために遠くまで出かける方もたくさんいます。
それを、海岸を散歩しながら眺めることができる。
葉山にいると、そんな幸せを当たり前にしてしまいそうになります。
それは少し、もったいないことです。
明日の富士山は、果たして姿を見せてくれるでしょうか。
天気予報を確認しても、最後は本人の気分次第。
そう思って眺めると、いつもの景色が少し楽しくなります。
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葉山の魅力は海だと思われがちですが、私は山も大好きです。
仙元山や三ヶ岡山など、決して高くはありませんが、実に気持ちのいい山があります。
山道を歩いていると、木々に囲まれ、鳥の声が聞こえ、いつの間にか町の賑わいが遠くなっていきます。
そして、見晴らしのいい場所に出る。
目の前に広がるのは、相模湾です。
せっかく山に登ったのに、結局、海を眺めているわけです。
これは少し不思議です。
海にいると山が美しく見え、山に登ると海が美しく見える。
人間というのは、どうも自分のいる場所とは違う景色に心を奪われるものらしい。
でも、葉山では、その両方を一日のうちに楽しむことができます。
午前中は山道を歩き、午後は海岸でのんびりする。逆でも構いません。
これからの季節は、真夏のような暑さも和らぎ、山歩きには気持ちのいい時期です。
少し汗をかいて、少し疲れて、最後に海を眺める。
それだけで十分に満足できます。
遠くまで旅行に出かけなくても、自然を楽しむ場所は身近にあります。
山に登ったのに、海を見ている。
そんな贅沢ができるのも、葉山という町の素晴らしさなのだと思います。
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最近、日が暮れるのがずいぶん早くなりました。
ついこの間まで、夕方になっても明るかったのに、今では少し油断していると、あっという間に暗くなってしまいます。
葉山の海で夕日を眺めるには、これからの季節、少し早めに出かける必要があります。
秋の夕暮れは、美しいものです。
太陽が低くなり、海の表面に長い光の道ができる。空がオレンジ色に染まり、やがて紫が混じり始める。雲の形によって、毎日まったく違う風景になります。
ときには、何もかもが金色に見えるような夕方もあります。
そんな景色を眺めていると、なぜか少しだけ寂しくなります。
夏の夕暮れには、まだこれから何かが始まりそうな明るさがあります。でも、秋の夕暮れには、一日を静かに終わらせるような雰囲気があります。
もちろん、同じ太陽です。
こちらの受け取り方が変わっているだけなのかもしれません。
日が短くなるのは、少し残念です。
でも、そのおかげで、夕日を見るためにわざわざ遅くまで待たなくてもよくなりました。
忙しい人には、案外ありがたい季節です。
秋の夕暮れ。
少し急ぎ足ですが、見送る価値は十分にあります。
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秋になると、山の歩き方が少し変わります。
夏は木陰を探し、暑さを避けながら歩いていたのに、今は木漏れ日がありがたい。風が吹くと気持ちがよく、少し立ち止まるだけで汗が引いていきます。
葉山の山は、秋になったからといって、いきなり真っ赤に染まるわけではありません。まだ緑の葉もたくさん残っています。それでも、足元には乾いた落ち葉が増え、歩くたびにカサカサと小さな音がします。
この音が、なかなかいい。
普段は何も考えずに歩いている山道なのに、落ち葉の音が加わるだけで、少し特別な道になった気がします。
不思議なもので、山を歩いていると、最初はいろいろなことを考えていても、いつの間にか頭の中が静かになります。仕事のことも、日常の細かな悩みも、歩いているうちに少し遠くなる。
ただし、急な登り坂になると、考える余裕そのものがなくなります。
これも一種の精神修養でしょうか。
秋の山は、目で見るだけではありません。風を感じ、音を聞き、土の匂いを吸い込みながら、身体全体で楽しむものなのだと思います。
紅葉の名所まで出かけなくても、身近な山にはちゃんと秋が来ています。
しかも、入場料は無料です。
こんな贅沢は、なかなかありません。
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なんと双子の卵でした。
いいことありそう。
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豆をいただきました。
実に美味しいコーヒーでした。
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仲間が勝手に作りました。
こらこら
似てねーだろー
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キャンプの後には、仲間のライブの応援に出かけました。
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やはりこの店ですね。
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今年もBEACH SUNSET LIVEにもご出演いただいた、納浩一さんのジャズキャンプに参加させていただきました。
全国から集まった猛者たちと腕を磨きました。
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ついに買ってしまいました。