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葉山に来たばかりの人は言います。
「今日、海きれいですね」
でも、ちょっと葉山に慣れてくると、見ているのは海ではありません。
風です。「今日は南だね」
「午後ちょっと上がるかもね」
「今はまだ大丈夫そう」何が大丈夫なのかは分かりません。
でも皆、分かった顔をしています。観光で来た人は、空の青さに感動します。
葉山の人は、木の揺れ方と旗のなびき方を見ています。しかも風の話をしている人ほど、
別に船に乗るわけでもない。
サーフィンをするわけでもない。
ただ、異様に風に詳しい。葉山では、天気予報は参考資料。
最終判断は、
「今の空気」で決まります。都会では“気温”を確認しますが、
葉山では“体感”の方が強い。
そしてたまに、
「今日は見た目より寒い」
という、哲学みたいな会話が始まります。住んでいくうちに分かります。
葉山の人は、海辺に住んでいるのではありません。
風の中に住んでいます。
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久しぶりに都内に行くと、
まず思います。
「速い」
人の歩くスピード。
電車の流れ。
会話のテンポ。
全部が速い。
そしてもう一つ。
「情報が多い」
看板、音、光。
ずっと何かが入ってくる。
最初は便利だと思う。
でもしばらくすると、
ちょっと疲れる。
そして葉山に戻ると、
こう思います。
「静かだな」
音がないわけではない。
でも、
必要な音しかない。
この違和感は、
どちらが良い悪いではありません。
ただ、
基準が変わったということなのでしょう。
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葉山って、
好きな人はとことん好きになります。
でも、
合わない人には全然合わない。
この差、けっこうはっきりしています。
ハマる人は、
「何もない」を楽しめる人。
ハマらない人は、
「何かないと不安」な人。
葉山には、
便利さも、刺激も、
それほどありません。
でもその代わりに、
余白があります。
ハマる人はその余白に、
自分で意味を見つける。
ハマらない人は、
その余白を“空白”だと感じる。
だから同じ景色を見ても、
片方は「最高」と言い、
もう片方は「退屈」と言う。
葉山は場所というより、
感じ方のフィルターです。
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葉山で一番贅沢なのは、
高級レストランでも、
特別なイベントでもありません。
何もしていない時間です。
海を見て、
風を感じて、
ただ座っている。
これだけ。
でも不思議と、
満たされる。
最初はこう思います。
「何してるんだろう」
でもそのうち、
こう変わります。
「これでいい」
葉山の贅沢は、
“何かを足すこと”ではなく、
“余計なものがないこと”
です。
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葉山には2つの海があります。
森戸海岸と一色海岸。
どっちがいいか?
正解はありません。
ただ、なんとなくあります。
森戸はちょっと開けている。
一色はちょっと奥まっている。
森戸は来る場所。
一色は居る場所。
この感覚、説明できないけど、
地元の人はだいたい共有しています。
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蕗のとう。
タラの芽。
菜の花。
葉山の春は、
ちょっと苦いです。
初めての人は、
こう言います。
「ちょっと苦いですね」
地元の人はこう言います。
「いい苦さだよね」
ここに、
大きな違いがあります。
葉山では、
苦味は“失敗”ではなく、
季節のサインです。
この苦味が来ると、
「ああ、春だな」
となる。
これが分かるようになると、
だいぶ葉山に馴染んでいます。
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葉山に住むと、最高です。
でも、ちょっとだけ後悔する瞬間もあります。
例えば、
夜。
店が閉まるのが早い。
「あれ、どこもやってない」
となる。
あと、
風が強い日。
想像以上に強い。
洗濯物が消えます。
さらに、
車がないとちょっと不便。
ここで気づきます。
葉山は、
“便利な場所”ではない。
でもその代わりに、
別のものがあります。
静けさとか、余白とか。
だから結局、
戻れなくなる。
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葉山で暮らしていると、
ある日突然こうなります。
「これ、もらったからどうぞ」
袋を開けると、
みかん、レモン、夏みかん。
しかも大量。
自分では買っていないのに、
なぜか家にある。
そして気づきます。
葉山では、
果物は流通ではなく、
人間関係で回っている。
結果として、
冷蔵庫がこうなります。
「減らない」
そしてまた来ます。
「これもどうぞ」
無限ループです。
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初めて来た人は、
こう聞きます。
「何が有名なんですか?」
でも葉山では、
あまり意味がありません。
なぜなら、
答えはいつもこうだからです。
「今日はいいよ」
何が?
と思いますが、
これが全てです。
葉山の魚は、
種類よりも“状態”。
同じアジでも、
・今日のアジ
・昨日のアジで全然違う。
だから、
地元の人はこう言います。
「今日はイワシいいよ」
これが一番信用できる情報です。
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葉山には、ちょっと不思議な文化があります。
それは、
旬を自慢しない。
例えば、
「今日、蕗のとう採れたよ」
と言われても、
都会のように
「すごいですね!」
とはなりません。
だいたいこう返されます。
「そろそろだと思った」
普通すぎる。
でも、
これが葉山です。
季節のものがあるのは、
特別ではなく、
当たり前。
だから、
マウントにならない。
むしろ、
気づくかどうかの話になります。
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葉山に来たばかりの人が、だいたい一度は言います。
「わかめって、こんな色なんですか?」
スーパーで見るわかめは、黒っぽい。
でも、生わかめは違います。
茶色です。
そして、お湯に入れた瞬間、
鮮やかな緑に変わる。
これ、だいたいみんな一回テンション上がります。
「え、理科の実験?」
違います。
葉山の春です。
地元の人はこれを普通にやっていますが、
外から来た人はだいたい動画を撮ります。
そして、
一回やると終わりません。
味噌汁、酢の物、しゃぶしゃぶ。
気づくと、
「わかめ多すぎない?」
という状態になります。
でもいいんです。
春だから。
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今日は一色にしよう。
そう思って出発します。
でも途中で考えます。
「森戸もいいな」
そして結果。
両方行きます。
理由は特にありません。
ただ、
どっちも気になるから。
この“どっちも行く”ができてしまう距離感。
これが葉山の一番ズルいところです。
そして帰り道で思います。
「ちょっとのつもりだったのに」
はい、今日もフルコースです。
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森戸海岸 に行くと、
だいたい誰かに会います。
・あ、どうも
・あれ、この前も?
・今日もですか3回目くらいで気づきます。
「これ、偶然じゃない」
最終的には、
「今日、誰にも会わなかったな」
の方がイベントになります。
葉山は広いようで、
だいたい同じ人が巡回しています。
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夕暮れの海はきれいです。
でも、
ちょうどいいタイミングで行けるかというと、
だいたい無理です。
あと10分早ければ。
あと10分遅ければ。そう思うことばかり。
自然はスケジュールを合わせてくれません。
人間の「ちょうどいい」は、
自然にとってはどうでもいい。
だからこそ、
たまにピッタリ合った瞬間は、
ちょっと得した気分になります。
人生の“奇跡”って、
だいたいこういう仕組みな気がします。
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海に行くと、なぜか物がなくなります。
サングラス。
帽子。
時には、やる気。風で飛ばされるのか、どこかに置き忘れるのか。
理由は分かりません。
ただ一つ確かなのは、
海はだいたい全部持っていく。
しかも、返してくれない。
だから最近は、あまり持っていかないことにしました。
人間関係も、これくらいシンプルにできればいいのですが、
なぜかそっちは減りません。
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SUPでも、カヌーでも、海に出ると気づくことがあります。
それは、
海の上はとても静か
ということです。
陸にいると、車の音や街の音が聞こえます。
でも海に出ると、聞こえるのは
波の音
パドルの音
そして風の音それだけです。
風が弱い日は、水面もとても穏やかです。
海が鏡のように見える日もあります。
そういう日は、葉山の海の透明度も高く、
水の色がとてもきれいに見えます。ボードの上から海をのぞくと、魚が泳いでいるのが見えることもあります。
海の上で少し止まると、
時間がゆっくり流れているように感じます。
そしてしばらくすると、だいたい誰かが言います。
「なんか静かですね」
そうなんです。
海の上は、とても静かです。
ただし、もう一つ特徴があります。
静かすぎると、
ついのんびりしてしまう
ということです。
でも、それも海の楽しさです。
静かな海で体を動かす。
アウトドアフィットネスは、
運動とリラックスが同時にできる
少し贅沢な時間です。
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MTB(マウンテンバイク)は、山の中を走ります。
森の中を進み、
坂を登り、
下りでは少しスピードも出ます。なかなか良いトレーニングです。
ただ、MTBには一つ問題があります。
それは、
途中で止まってしまうことが多い
ということです。
理由はシンプルです。
景色です。
山道を走っていると、突然視界が開ける場所があります。
そこで見えるのは、
海です。
葉山の海が遠くまで広がっています。
晴れている日は、水面がキラキラ光っています。
こういう場所に来ると、だいたい皆さん自転車を止めます。
そして言います。
「ここ、いいですね」
そして少し海を眺めます。
MTBはトレーニングですが、
こういう時間も大事です。森の中を走って、
海を見て、
また走る。これがアウトドアフィットネスの面白さかもしれません。
ただし、景色が良い日は、
休憩が少し長くなる傾向があります。
でも大丈夫です。
その後の坂道で、ちゃんと運動になります。
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シュノーケリングを体験された方が、よく驚くことがあります。
それは、
魚の多さです。
葉山の海は、時期によって本当に魚が多くなります。
群れで泳いでいたり、
岩の周りに集まっていたり、
潜るとあちこちに魚がいます。初めて潜った方は、だいたい水面から顔を上げて言います。
「え、魚すごくないですか?」
そうなんです。
すごいのです。
しかも、時期によっては
驚くほどいます。
シュノーケリングの面白いところは、水面を見るのではなく、潜って海の中を見ることです。
少し潜るだけで、景色が変わります。
光が水の中に差し込み、
海藻が揺れていて、
その周りを魚が泳いでいます。晴れた日は透明度も高く、海の中がとてもきれいに見えます。
こういう日は、つい何度も潜ってしまいます。
そして、だんだん皆さん同じ行動を始めます。
それは、
魚を観察しすぎる
という行動です。
「あの魚なんでしょう」
「今の大きかったですね」
「さっきの群れ見ました?」
と言いながら、また潜ります。
そしてまた潜ります。
気づくと、
ずっと潜っています。
シュノーケリングは、運動というより
海の中の観察に近いかもしれません。
でも海から上がった後、だいたい同じことを言います。
「思ったより泳ぎましたね」
魚を見ていただけのようですが、
実はしっかり泳いでいます。海の中をのぞきながら体を動かす。
これもアウトドアフィットネスの
ちょっと贅沢な時間なのかもしれません。 -
アウトリガーカヌーOC6は、言うまでもなくチームスポーツです。
一人では進みません。
みんなで漕ぎます。パドルを入れて、
「1、2」
「1、2」
とリズムを合わせます。
これが合っているときは、本当に気持ちがいいです。
ボートが水の上をスーッと滑っていきます。
葉山の海がキラキラしていて、
水面を切る音だけが聞こえます。晴れた日は海も澄んでいて、
海の色がとてもきれいです。この状態になると、だいたい誰かが言います。
「今、いい感じですね」
そうです。
いい感じなのです。ただし、この状態は
とても繊細です。
誰か一人がリズムを少しだけ早くすると、
「バシャ」
となります。
誰か一人が少し遅れると、
「バシャ」
となります。
するとボートは急に重くなります。
さっきまでスーッと進んでいたのに、
「あれ?」
となります。
このとき、だいたい全員が思っています。
「今、誰かズレましたね」
でも誰も言いません。
大人だからです。
そしてまたリズムを合わせます。
「1、2」
「1、2」
すると、またスーッと進みます。
この瞬間は本当に気持ちがいいです。
アウトリガーカヌーは、腕の力だけでは進みません。
リズムが合うと速くなり、
ズレるとすぐに分かります。つまり、
海の上のチームワークトレーニング
なのです。
そして、海がきれいな日は、
つい海を見てしまいます。でもその瞬間、
だいたいリズムがズレます。
これもアウトリガーカヌーの、
ちょっとした「あるある」かもしれません。
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