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風で散りました。
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毎年これを眺めるのが好きです。
誰が作っているのかなあ?
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レモンが好き
特に瀬戸内レモンが
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とはいえ、
この「春すっ飛ばし感」、
実はちょっと好きでもある。なぜなら、
海が一気に気持ちよくなるから。
風が変わる。
光が変わる。
空の色が少し濃くなる。「あ、もうすぐ夏だな」
っていうあの感じが、
急にやってくる。葉山はもともと、
海と季節で生きている場所。
だから、
春が短くても、ちゃんと成立している。むしろ、
「迷わない季節」
という意味では、
潔くていいのかもしれない。桜が散ったら、
もう次は、海。それが葉山。
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、問題はここから。
桜がいい感じだな〜と思っていたら、
急に暑い。
いきなり暑い。
なんなら半袖。
最近の湘南、
春をちゃんとやらない。桜 → 夏
このショートカット感。
実際、春先から気温が上がり
「夏日」になる日も出てきているいやいや、
もう少し“春”を楽しませてくれてもいいのでは。花見して、
ちょっと肌寒くて、
夕方に上着取りに戻る、みたいなやつ。全部カットされている。
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満開なのに、静か。
これ、葉山あるある。
普通だったら、
・屋台
・人混み
・ちょっとしたフェス状態になるところが、
葉山は、
・犬
・子ども
・地元の人で構成されている。
それで成立しているのが、すごい。
むしろ、
「この静けさがいいんだよな」と思い始めたら、
もう葉山の人。派手じゃないけど、
ちゃんと満開。それで十分。
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葉山で「お花見行こう!」って、あまりならない。
だいたい、
「ちょっと海まで行く?」
「ついでに桜咲いてるね」くらいでちょうどいい。
ブルーシートもいらないし、
場所取りもいらない。コーヒー片手に歩いて、
風で花びらが飛んできて、「あ、春だな」
それで完結。
むしろそれ以上やると、
ちょっと野暮な気さえする。葉山の桜は、“イベント”じゃなくて、
“空気”なんだと思う。 -
葉山の桜は、どこか控えめだ。
ドーンと名所感を出してくるわけでもなく、
「はい、満開です!」と主張するわけでもない。気がつくと咲いていて、
気がつくと、風に流されている。それが、葉山っぽい。
この町の桜は、
誰かに見せるためじゃなくて、
“日常の中にある春”として咲いている気がする。子どもたちの声と一緒に、
犬の散歩と一緒に、
海に向かう途中に、ふと現れる。派手さはないけど、
妙に心に残る。葉山の春は、そんな感じで始まる。
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海がある。
山がある。
それだけで、暮らしの輪郭は少し変わる。都会の便利さは強い。
情報も早い。
何をするにも困らない。けれど、便利さだけでは人は整わない。
海の近くにいると、
天気を見るようになる。
風を感じるようになる。
波の様子で一日の気分が変わることもある。山の近くにいると、
季節の移り変わりに敏感になる。
緑の濃さや空気の匂いで、時間の流れを知るようになる。それは少し不便でもある。
でも、その不便さの中に人間らしさがある。自然の近くで暮らすというのは、
単に景色がいいということではない。
自分が自然の外にいる存在ではないと、日々思い出させてもらうことだ。新年度。
何かを始める人は多い。
でも同時に、何に戻るべきかを考える時期でもある。海や山は、その答えを案外静かに示してくれる。
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ヨガというと、身体を柔らかくするもの、
あるいは健康のための習慣と思われがちだ。もちろんそれもある。
でも本質は、もう少し深いところにある気がする。ヨガは、何かを加える時間ではない。
むしろ、余計な力を抜く時間だ。呼吸を整える。
姿勢を整える。
意識を今に戻す。それだけのことなのに、人は普段それが驚くほどできていない。
考えすぎる。
力みすぎる。
反応しすぎる。自然の中でヨガをすると、それがさらによく分かる。
海の音、風の感触、光の強さ。
そういうものが、無理に頑張らなくていいことを教えてくれる。整えるとは、強くすることではない。
削ぎ落として、本来の状態に戻すことだ。その意味で、ヨガはとても現代的な時間だと思う。
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アウトリガーカヌーは、見た目以上にシビアな乗り物だ。
一人だけ力が強くても進まない。
一人だけリズムがずれても乱れる。
全員が揃って初めて、艇はきれいに前へ進む。そこには、仕事にも通じる本質がある。
組織では、個人の能力ばかりが注目されがちだ。
けれど実際には、全体の呼吸が合っているかどうかの方がずっと重要だ。誰かが目立つことより、
全員が無駄なく動くこと。
無理に競うことより、
同じ方向を向いていること。アウトリガーカヌーは、それを言葉ではなく感覚で教えてくれる。
海の上では、ごまかしがきかない。
揃っていなければ、進まないからだ。だからこそ、あの乗り物には面白さがある。
チームとは何かを、これ以上なく分かりやすく見せてくれる。 -
湘南の海には、不思議な力がある。
華やかさもある。
軽やかさもある。
けれど実際に海に入ると、自然は決してこちらに合わせてくれない。波は待ってくれないし、
思い通りにもならない。そこには、自然の側のリズムがある。
サーフィンをしていると、それがよく分かる。
焦っても乗れない。
力んでも崩れる。
読み違えれば、簡単に置いていかれる。だから海では、実力より先に姿勢が問われる。
自然を相手にするとき、人は少しだけ謙虚になる。
そして、その謙虚さが結果的に一番大事だったりする。湘南の海は、ただ気持ちのいい場所ではない。
人間の都合では動かない世界を、静かに見せてくれる場所でもある。 -
4月になると、街の空気が変わる。
新しい人が増え、
新しい目標が語られ、
新しい生活が始まる。けれど、海は変わらない。
山も変わらない。
風も、いつも通り吹いている。だからこそ、新年度には一度、自然の中に身を置く意味がある。
海に行く。
山を歩く。
波を見る。
ただそれだけで、頭の中に溜まっていた余計なものが少しずつ落ちていく。人は忙しくなると、足すことばかり考える。
予定を足し、仕事を足し、情報を足し、役割を足す。でも本当に必要なのは、足すことではなく整えることだ。
自然の中では、その感覚を思い出せる。
新年度に必要なのは、勢いだけではない。
自分の軸を取り戻す時間だ。 -
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次の冬に備えて薪を移動(してもらいました)
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春が来ましたね
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