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本日2024年6月2日(日)に開催された湘南オーシャンパドリングチャレンジにBEACHからも参戦いたしました。
いい成績おめでとうございます。
何より最高に楽しかったとの言葉を多数いただきました。
スタッフ一同が目指しているクラブライフに一歩近づいたように感じております。
皆様大変お疲れ様でした。
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台風1号が低気圧に変わり、期待したほどの波は来ませんでした。
それでもswellがやってくるとワクワクします。
何本かいいなみに乗ることができました。
Hawaiian Pro Designs調子が良いです。
最近はミッドレングスよりもロングボード中心に乗っています。
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逗子の花火
夏が来ますね。
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台風のswell
こんな日もあるのですね。出典:波伝説
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或る日のスタッフ同士の会話
Kる「あら、親方様 何調べているのん?」
N氏「いやさ、お昼に王将に行きたいな〜って思って近くを探しているんだよね」
Kる「王将?あの餃子の?」
N氏「そうそう。おいら好きなんだよね」
Kる「あら?餃子美味しいですよね」
N氏「餃子はもちろんさあ、天津飯もいいんだよね」
Kる「天津飯?」
N氏「そうそう。味も選べるんだよね。京風がおすすめ」
Kる「あら。美味しそう」
N氏「いいでしょう。上にカニっぽいのが載っているのもアクセントだよね」
Kる「ポイ?」
N氏「100%カニ棒です。それでいいのです」
Kる「まあね。美味しければいいですよね」
N氏「そう。なんか甘ったるいな〜なんていうのもいいんだよね。
それでさあ、餃子頼むでしょう。夜だったらお酒も飲んじゃうでしょう。
餃子2枚、天津飯、レモンサワー2杯がいいな〜」
Kる「かなり具体的ねえ〜」
N氏「それで1500円ぐらいだよ。すごくない。驚異的だよね。企業努力っていうの」
Kる「それはすごいなあ。どれどれレモンサワーが200円台ってすごいですねえ」
N氏「でしょう。でもさあ、近くにないんだよね。大阪王将も好きなんだけどさあ、どちらもないんだよね」
Kる「どれどれ。近くても横須賀か大船か〜」
N氏「ねえ。スタバだってある都会だよ。あ、いいこと考えた」
Kる「どんな悪いこと?」
N氏「今度の葉山町と逗子市の選挙ではさあ、王将を誘致してくれることを公約にしている候補者に投票する」
Kる「誰がそんなこと公約にするかね。。。」
てな会話があったとかなかったとか。 -
東京湾フェリーは
1船が修理中のため1船のみのオペレーションです。
大体2時間おきの発着です。
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葉山の海岸線に佇むBEACH葉山フィットネスクラブ。
ここは、中年の親方様ことN氏が代表を務める、アウトドア愛好家たちの聖地だ。
N氏はその風貌からは想像もつかないほどのギターヒーローで、最近では地元のライブハウスでのパフォーマンスが話題に。
しかし、彼のサーフィンの腕前は、いつまで経っても初心者マークを引きずっている。
一方、クラブの運営を支えるのは、若くてしっかり者のKるちゃん、本名薫ちゃんだ。
彼女は、N氏のサーフィンの腕前を見かねて、ある日こう提案する。
「親方、サーフィンよりもギターの練習の方がお得意ですよね。
ならば、サーフボードの上でギターを弾くというのはどうでしょう?」と。
この斬新なアイデアに火がついたN氏は、早速挑戦。
海の上で「波に乗るギタリスト」として新たな伝説を築こうとするが、波の上でコードを押さえるのは想像以上に難しく、結局海に落ちてしまう。
しかし、それがまた新たなトレンドとなり、BEACH葉山には「サーフィンしながら楽器を演奏する」という新しいクラスが生まれることに。
N氏は失敗を恐れずに挑戦する精神が、結局は新しい価値を生み出すということを、身をもって示したのだった。
そして、KるちゃんはそんなN氏を支えながら、自分もサーフボードの上でフルートを吹くことに挑戦するのだが、これが意外と上手くいってしまい、二人は「海の上の音楽家」として地元で小さな名声を得ることになる。
そんなある日、BEACH葉山にはあるテレビ局の取材がやって来る。
彼らはこのユニークなフィットネスクラブの日常を世に知らしめようと、N氏とKるちゃんの活躍を大々的に取り上げる。
放送後、クラブには全国からサーフィンと音楽の両方を愛する人々が訪れるようになり、N氏のビジネスは大繁盛。
彼のお腹はますます出てきたが、それは幸せの証だと彼は笑う。
そして、Kるちゃんは、そんな親方様の隣で、いつも通りしっかりとクラブを支え続けるのだった。
N氏&Kる「またAI営業部長が暴走した。こら!」 -
Beach Boys 2位!
おめでとうございます。
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今年もジュンベリーが実をつけてくれました。
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入手しました。ちょっと嬉しいです。
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関西の友がヨットを購入しました。
横須賀から兵庫までの回航です。
出航のお見送り。
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魂は細部に宿る
しかし細かいことを気にしすぎてもいけませんね。
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湘南の海 桃太郎
なんて可愛い名前なのでしょう。
応援することにしました。
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学生時代にジャズ研でご一緒していた方と代官山のジャズクラブでセッションしました。彼はプロのミュージシャンとして活躍しています。当時から非常に上手だった彼ですが、今もプロとして演奏を続けていることに驚きを隠せませんでした。二曲でしたが演奏させていただきました。貴重な機会を与えていただきありがとうございました。35年振り。
邂逅というには長すぎる歳月です。しかしこうして再会できるとは、なんて素晴らしいのでしょう。K谷くんの優しいお人柄は変わらず、皆に愛されているのがわかりました。再会できたことに涙が溢れました。こんな歳からギターを始めましたが、一歩踏み出してよかったなと、つくづく感じました。
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神奈川県葉山町は、美しい海と豊かな自然で知られています。この町に住む中年サーファーのN氏は、地元で有名なサーファーでした。若い頃からサーフィンに情熱を燃やし、多くの大会で優勝してきたものの、今では一人静かに暮らしていました。
N氏は日々、早朝の海に出かけ、サーフィンを楽しんでいました。ある日、彼は昔のサーフ仲間から一本の電話を受けます。「N、霧の波がまた現れるらしいぞ。」それは、N氏が若い頃に挑戦して失敗した「霧の波」のことでした。この波は、一年に一度、特定の気象条件が揃ったときにだけ現れ、乗ることができれば無限の栄光が約束されると言われています。
N氏は再びその波に挑む決意を固めました。孤独な生活を送る彼にとって、この挑戦は自分自身への最後の試練と感じていました。彼は昔のサーフボードを引っ張り出し、トレーニングを再開しました。体力の衰えを感じながらも、毎日海に通い、波に乗る感覚を取り戻していきました。
サーフ仲間たちもN氏をサポートし、一緒に練習を重ねました。彼らはN氏の決意と情熱を感じ、共に戦う仲間として彼を応援しました。N氏の目にはかつての輝きが戻り、彼の技術も日に日に向上していきました。
ついに、霧の波が現れる日が訪れました。早朝、N氏は仲間たちに見送られながら海へ向かいました。霧が立ち込める中、遠くに大きな波が現れました。N氏は心を落ち着け、ボードに乗りました。
波が近づくと、N氏は全身の力を振り絞って波に乗り込みました。波の上を滑るその瞬間、彼は若い頃の自分を思い出しました。自由と興奮、そして達成感が一気に押し寄せてきました。N氏は見事に波を乗り切り、岸に戻ると仲間たちが歓声を上げて迎えました。
その後、N氏の挑戦は町中に広まりました。彼は再びサーフィンの魅力を感じ、新たな目標を見つけました。N氏は地元のサーフショップで若いサーファーたちに教えることを始め、自分の経験と情熱を伝えることにしました。彼はサーフィンを通じて多くの仲間と絆を深めました。
こうして、葉山町の中年サーファーN氏の挑戦の物語は、多くの人々の心に残り続けるのでした。彼の情熱と勇気は、次の世代へと受け継がれ、葉山町の新たな伝説として語り継がれていきました。
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Kる「ちょっと待った〜。AI営業部長と結託して何勝手に物語作っているの。冗談は顔だけにしてください」
N氏&AI営業部長「しょぼん」 -
おかしい。
何かが変だ。
見えづらい。
目が霞む。
特に暗い場所での小さの字が読めない。
小説を読むのに一苦労。
楽譜もなんか読みづらい。
もしや深刻な病気なのかもしれない。
色々と自分で調べてみました。
あ、なんと老眼でした。
まさか自分がか。
って驚いた。
いや気が付かない方が驚かれるだろう。
確かに老眼になったのは遅い方なのだろう。
というわけで、眼鏡屋さんに行きましょう。
オシャレじゃないとね。
やはり。
しかも、老眼鏡なんて呼ぶのは嫌ですね。
Reading Glassesと呼ぶことにします。
はい。
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楽器店あったかなあ。
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或る日のスタッフ同士の会話
N氏「なんかさあ、朝ドラを見ていたら『女の幸せ』って言葉が頻出していたんだよね。なんか変だなあって思っちゃってさ」
AI営業部長「はて?何が変なのですか?」
N氏「いやさ、結婚とか家庭を持つことが女の幸せって決めつけているような気がしてさあ。そんなものじゃないような気がしてさあ」
AI営業部長「幸せの定義は人それぞれであり、何が幸せかはその人の価値観や人生の経験によって異なります。そのため、「女の幸せ」が必ずしも結婚を意味するわけではなく、個々の選択や価値観が尊重されるべきです」
N氏「だよねえ。あんたたまにはいいこと言うねえ。でもさあ、ちょっと気になったのが、女の幸せって言葉はあるけど、男の幸せって言葉を聞くことないじゃない。何れ?」
AI営業部長「「女の幸せ」という言葉は、文化的や社会的な背景から特定のイメージや期待が含まれていることが多いです。一方で、「男の幸せ」という言葉が一般的に聞かれない理由はいくつか考えられます。歴史的・文化的背景伝統的な役割分担:歴史的に、女性は家庭や育児の役割を果たすことが期待され、結婚や子育てが「幸せ」の基準とされることが多かったです。これに対して、男性は外で働き、家族を養うことが主な役割とされてきました。そのため、男性の幸せは職業的成功や社会的地位と結びつけられることが多く、特定のフレーズとして「男の幸せ」が使われることは少なかったのです。社会的な期待と役割社会的な期待:社会は男性に対して「成功」や「強さ」を求める傾向があり、これが幸せの基準とされています。このため、男性の幸せは個々の成功や達成感と結びつけられ、明確に「男の幸せ」という形で言及されることが少ないです。言葉の使われ方と意味の変遷言葉の使われ方:「女の幸せ」というフレーズは、特に結婚や家族を持つことを念頭に置いて使われることが多いです。これは、女性が家庭を築くことに重点を置かれる文化的背景から来ています。一方で、男性については多様な成功や達成感が「幸せ」とされるため、特定のフレーズとして使われにくいです。現代の視点現代の多様性:現代では、性別に関係なく多様な幸せの形が認められています。個々の幸せは結婚や家族だけでなく、キャリア、趣味、自己成長など様々な要素から成り立っています。このため、「男の幸せ」や「女の幸せ」という固定観念が薄れつつあります。結論として、「男の幸せ」という言葉が一般的に聞かれないのは、歴史的・文化的な背景や社会的な期待が関係していると考えられます。現代では、性別に関係なく多様な幸せの形が尊重されるようになってきています。」
N氏「男も女も大変ねえ。幸せって自分が決めるものじゃないなんて変だねえ。」
てな会話があったとかなかったとか。